太宰治が今、外国人の間で人気があるのはなぜか?カナダ人が語るその理由
こんにちは、日本在住カナダ人のジェイリーンです。
編集者・ライターになる前、大学院で日本近代文学について研究してきました。その焦点は、文学における作家のイメージ作りの過程と、現代における文豪「太宰治」のイメージとその描写でした。
「なぜ日本文学?」「なぜ太宰?」と思われる方は多いと思いますので、本記事では近代日本文学との出会い、海外で起こっている日本文学ブームについて話します。
『走れメロス』や『人間失格』などの名作を書いた作家、太宰治
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外国人が日本文学に出会った、意外な入口
私が日本近代文学に出会ったのは、2016年の春でした。そのきっかけは、当時放送されていたアニメ『文豪ストレイドッグス』第1シーズンでした。
『文豪ストレイドッグス』は、現代の横浜を舞台に、中島敦、太宰治、芥川龍之介といった文豪たちが繰り広げる異能アクションバトル漫画です。『ヤングエース』2013年1月号で連載が開始され、2022年2月時点で電子版を含めたシリーズ累計発行部数は1000万部を突破しています。ノベライズやアニメ化など、様々なメディアミックスも展開中です。主要な登場人物はほとんど全員が文豪と同じ名前、誕生日、好物などを持っています。各自の異能力や人物設定も文豪自身のエピソードや作品にちなんだものが多いです。
2016年当時、テレビ放送は日本のみでしたが、オンライン配信は世界中でした。
登場人物とその設定に惹かれ、その秋、通っていたカナダの大学の日本近代文学授業を受けました。読んだ作品は英訳でしたが、森鴎外の『舞姫』や夏目漱石の『夢十夜』から芥川龍之介の『藪の中』まで、様々な作品や文豪について学ぶことができました。どれも魅力的で、一年間の日本留学中でも中世と近代文学を鑑賞する授業を受けたり、文学関連の場所への聖地巡礼をしたり、『文豪ストレイドッグス』の公式コラボイベントに参加したりしました。
その影響で、好きなキャラクター(太宰治)の設定を理解したい気持ちが湧いてきて、初めて『人間失格』を手に取りました。
太宰文学の普遍性
人間の心理や複雑な感情を生々しく描写する太宰の文章に惹かれました。『人間失格』の内容は暗いですが、その底にある主人公の悩みや、他人に愛されたい、普通の生活がしたいという願望に共感しました。最後の一文は主人公や読者である自分に対する評価を逆転させ、その時の感動と涙は今も覚えています。(ネタバレしませんので、まだ読んでいない方はぜひ『人間失格』を手に取ってください)
これらの感情や思いはどの国でも存在し、特に不安定な存在である若者たちにとってよくあることだと思います。
それゆえに、『文豪ストレイドッグス』の影響に加え、ホラー漫画家・伊藤潤二が『人間失格』を漫画化し、ポップカルチャー作品として紹介したことで、海外でも太宰の人気が急激に上昇しつつあります。
ポップカルチャーの影響
2010年代までは、海外に配信する日本文学を軸としたポップカルチャーコンテンツは非常に少なく、村上春樹のような有名作家以外、また大学の授業以外、あまり日本(特に近代)文学に触れる機会はなかったです。
そして、2010年代に入ってから『文豪ストレイドッグス』の好評により「文豪ブーム」が起こりました。文豪関連のアニメ、ゲームなどが次から次へと配信を開始し、海外でも注目を集めはじめました。私だけではなく、世界中の文豪ファンが日本文学に興味を持つようになり、その中で、TikTokなどのSNS上では、『人間失格』(英訳:No Longer Human)が話題になりました。
筆者の本棚
その反応は主に若者で、小説の内容への共感と感動です。「私がずっと感じていたけど言葉にできなかった感情が書かれている」というようなコメントが中心です。「共感した箇所だけにハイライトや付箋を付けた」とページをめくってハイライト・付箋だらけだという動画もたくさんあります。
ちなみに、英語のYA(ヤングアダルト)文学に太宰治の名言を見かけたことがあります。(←これが一番びっくりしました)いわゆる「emo kid」のステレオタイプに結びつけているところはあまりにも恥ずかしかったですが、日本の場合は、太宰といえば中二病ですから似た者同士ですね。
世界中の出版社が日本文学の需要が増えてきている状況を見て、次から次へと翻訳版を発表しています。例えば、2023年に『人間失格』の実験小説とも言われる『道化の花』(1935年発表)が約90年後、初めて英語に翻訳されました。その英訳タイトルは『The Flowers of Buffoonery』です。また、どの大学でも日本文学の授業をとる学生が激増しているという話をよく耳にします。
この勢いはいつまで続くのかまだわからないのですが、日本文学を楽しんでいる人が増えていることは大変うれしく思いますし、この現象がお互いへの理解、多文化への関心を深めることに繋がったら何よりです。