在留外国人として日本で出会った日本の「すべり台」
日本旅行で出会った不思議な遊具
日本で生活する前、私は旅行で5回ほど日本を訪れました。その際、街の道端や住宅地の小さな公園で、タコや鬼、ゾウなど、さまざまな造形すべり台を偶然目にしました。
大人になった私にとって、遊具としての機能よりも、その「形」のほうが強く印象に残りました。
中国で育った私と、すべり台の思い出
日本の造形すべり台を見ていると、子どもの頃の記憶が自然によみがえってきます。
幼い頃、祖母の家の近くの公園にはゾウとキリンのすべり台があり、私はいつもゾウで遊んでいました。キリンのすべり台は当時の私には少し高く、上まで登ることはできませんでした。その後、公園は改修され、二つのすべり台は撤去されてしまいました。今でもそれは、私の中に小さな心残りとして残っています。
こうした記憶は、中国の80年代・90年代生まれに共通するものです。かつて中国各地の公園や団地にはゾウの造形すべり台があり、身近な遊具として親しまれていました。
近年では、中国のSNSで、数を減らしたゾウのすべり台を探し、記録する人も少なくありません。遊具としてだけでなく、都市の変化とともに失われつつある、世代の記憶として捉えられています。
※ 中国のSNS「小紅書」より
なぜ日本には「タコ」のすべり台が多いのか
日本の都市には、このような遊具が設置された公園がたくさんあります。子どもたちが遊ぶ場としての役割だけでなく、すべり台自体の造形もユニークで、街の景観の一部になっています。昭和風のデザインが色濃く残るものも多く見られます。
造形すべり台を集めていくうちに、特にタコの形が多いことに気づきました。そして、タコのすべり台がある公園は「タコ公園」と呼ばれることも少なくありません。

偶然から生まれたタコすべり台
日本で最初のタコすべり台は1965年、東京・足立区の新西新井公園で誕生しました。デザイナーの工藤さんは、「美しい彫刻のような滑り台を作って、子どもたちを楽しませたい」と考え、ぐにゃぐにゃとした曲線や複数の滑る場所を持つ遊具を完成させました。「石の山」と名前をつけ、評判も上々でした。
ところが、足立区からの依頼で公園に行った工藤さんを待っていたのは、担当者からの意外な一言。「何が何だかわからない。頭をつけてタコにしろ。」 自慢のデザインを否定され、ショックを受けながらも、会社の命令で仕方なく描き直すことにしたそうです。
こうして偶然生まれたタコ滑り台は、工藤さんの思惑とは違ったものの、大人気に。頭をつけたことで、滑り台は秘密基地のような「マジカル空間」となり、子どもたちは夢中で遊んだと言います。今では足立区の象徴的な遊具として、多くの人に愛され続けています。
↑ 新西新井公園 元祖タコ滑り台(2019年3月に塗り替えられた)
中国のSNSで意外と人気な日本のすべり台
私が中国のSNSに日本の造形すべり台の写真を投稿すると、多くの人に反応がありました。
また、「日本 すべり台」と検索すると、旅行でわざわざ公園に行く人もいることがわかります。

↑ 「日本 すべり台」で検索した中国SNS「小紅書」の投稿例
このように、日本の造形すべり台は、現地に住む人だけでなく、訪日中国人にとっても魅力的な存在となっています。その理由として、主に二つのことが考えられます。
一つ目は、昭和風のデザインが中国でも人気があることです。
中国の若い世代の間では、昭和レトロ風の服装や小物を身に着けて写真を撮るのが流行しており、昭和風の滑り台もその一部として注目されています。
二つ目は、中国では昔、大象などの造形すべり台がありましたが、徐々に姿を消していることです。そのため、日本で出会うこうした造形すべり台は、懐かしさを感じさせる存在として、多くの人の共感を呼んでいるのだと思います。
日常の中の小さな出会い
日本の造形すべり台は、特別な観光名所ではありません。街の片隅に、静かにそこにある存在です。それでも、ふと目に入ったその形が、誰かの記憶や気持ちを呼び起こすことがあります。
私にとっても、そうした小さな出会いが、日本での生活を少し楽しくしてくれました。これからも、散歩の途中で見つけたすべり台を、ゆっくり眺めていきたいと思います。
参考資料
読売新聞オンライン(2022/05/02) タコ滑り台の「聖地」足立区、誕生のきっかけは区担当者の「頭をつけてタコにしろ」




