花見の起源は梅だった?偕楽園の梅まつりで春を先取り
こんにちは、中国出身の王です。2026年中国の旧正月期間と日本の三連休が重なり、東京から約1時間でアクセスできる茨城県水戸市にある偕楽園に行ってみました。偕楽園は日本三名園の一つで、梅の名所として知られています。
毎年2月~3月に恒例「梅まつり」が開かれ、今年は130回目の開催となります。この期間中、なんと来場者のためにJR東日本が臨時駅「偕楽園駅」まで開設、アクセスが更に便利になりました。日本のまつりらしい屋台や文化体験、猿回しなどの催しも充実し、たくさんの来園者で賑わっています。
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主役が梅
関東有数の梅の名所である偕楽園には約3,000本以上もの梅が植えられ、早咲きから遅咲きまで100品種あるともいわれています。その色合いは白、紅、ピンクなど。梅のほのかな香りが漂い、来園者を包み込むように春の訪れを五感で知らせてくれます。
グルメも欠かせない
普段なかなか出会えない限定商品も多く、梅ソフトクリームや梅まんじゅう、梅酒の試飲など「梅まつりならではの味わい」を楽しめます。
実は「花見」の起源は梅だった?
梅の木の下でピクニックを楽しむ光景を見ていると、ふと「花見の起源は梅なのか?桜なのか?」という疑問が湧いてきます。そこで少し調べてみました。
結論からいうと「花見の起源」は桜ではなく梅だった、という説があります。
梅は中国原産で、奈良時代(710〜794年)に遣唐使が薬用植物として持ち帰ったのが始まりだったとされています。中国語の「烏梅(wu1mei2)」が日本語の「うめ」になったともいわれています。当時の貴族は梅の香りを愛し、庭園に梅の木を植え、「観梅(梅の鑑賞)」を楽しむ文化が生まれました。いわば現在の花見の原型でした。
平安時代(794-1185年)に入り、遣唐使(894年)の廃止とともに日本独自の文化が花開きます。宮中行事や貴族の間で「桜」の人気が高まり、花見の中心は徐々に梅から桜へ。現代につながる“桜の花見文化”の始まりです。
鎌倉時代(1185~1333年)に変わると、武士の間にも花見が広がりました。豊臣秀吉(1537~1598)が行った「吉野の花見」や「醍醐の花見」など、歴史的な花見イベントが有名です。
江戸時代(1603~1867)になると、庶民も花見を楽しむようになり、現在の「春といえば花見」という文化が日本全国に広まりました。
「源氏物語図屏風(絵合·胡蝶)」東京国立博物館蔵 出典:ColBase
「吉野山図屏風」 東京富士美術館蔵
「江戸名所 御殿山花盛」国立国会図書館蔵
梅見(観梅)の魅力!
毎年4月の桜シーズンには、国内外からたくさんの観光客が訪れます。ホテルは満室、観光地は大混雑……というのが定番です。しかし桜は開花期間が短く、遠方から来ても満開に出会えないこともしばしば。
一方で 梅にはこんな魅力があります:
- 2月から咲き始め、花期が長い(2月〜3月)
- 白梅・紅梅・しだれ梅など種類が豊富
- 香りが強く、近くで深く楽しめる
- 観光地でも比較的人が少なく、ゆったり鑑賞できる
- 梅グルメが充実、観光+食の楽しみが倍増
静かに花を楽しむ人には「梅」がおすすめです。
日本各地には梅の名所がいっぱいあります。例えば、東京都内の「湯島天神」、「小石川後楽園」、京都府「北野天満宮」、「京都府立植物園」、宇治「三室戸寺」、奈良県「月ヶ瀬梅林」、「賀名生梅林」、福岡県「太宰府天満宮」、熊本県「熊本城公園」、「湯布院周辺」など。
大混雑が苦手な人、静かに花を楽しみたい人、早春の香りを満喫したいには、ぜひ梅の花見(観梅)をおすすめします。桜とはまた違う、奥ゆかしい美しさが梅の魅力だと思います。
春の始まりを告げる梅の香りに包まれながら、歴史ある日本の花文化をじっくり味わってみてはいかがでしょうか。
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