不老不死の少年「菊慈童」から和菓子「着せ綿」まで繋がる話
京都在住のインドネシア人のデキです。2年ほど京菓子屋で働いた経験があります。
9月9日は五節句の一つ「重陽の節句」別名「菊の節句」。菊の花を飾り、菊の花びら入りのお酒を飲んで、長寿を願う日です。この節句に因む和菓子は「着せ綿(きせわた)」です。手毬のようなピンク色の玉の上に、白い綿をかぶせた不思議な形しています。
なぜ9月9日にこのお菓子を食べるのか、歴史を探りながら説明したいと思います。
まず、「菊=長寿」は、色々な説ありますが、中国の神話「慈童」から取ったものと考えられます。
とある少年が菊の露を飲んだら不老不死になった話です。
この話を参考に、9月8日の夜に、菊の花を真綿でかぶせて、9月9日の朝、雫を吸った綿で体を拭いて長寿を願う風習に繋がりました。同じ綿で顔を拭くと美容効果もあるらしい。紫式部と清少納言の日記にこの「着せ綿」が登場したので平安時代の宮中の行事の一つとわかります。
鎌倉時代に変わり、菊の紋を好む後鳥羽上皇は刀や印などに菊の紋を使われはじめて、ここから菊が天皇家のシンボルになりました。現在、日本人のパスポートの表紙には黄金の菊の紋が描かれているぐらい日本人にとって特別な意味を持ち続けています。
室町時代になって、世阿弥が「能」という芸能を完成させました。観世流の曲には「菊慈童」があり(ほかの流派は枕慈童と言う)題材は先ほどと同じ不老不死の少年の神話になります。
個人的に好きなストーリーなので、概要をざっくり:
中国、魏の文帝が「酈縣山(れっけんざん)」の麓にすごい力を持つ湧水が出た噂を聞き、調査のために勅使を派遣しました。
酈縣山は首都から遠く、たくさんの山々を超えて、勅使達はやっと目的地までたどり着きました。すると、誰もいなさそうな森の中に、菊の花に囲まれた一つの小屋を見つけ、その小屋から一人の少年が現れました。12歳ぐらいですかね。
勅使「こんな険しい所になぜ少年がいるの。何者だ!」
少年「私は周の穆王に仕えた慈童です。」
勅使「んなバカな。穆王様は700年前の王様だ。やっぱりあなたは化け物!」
少年「なるほど。今はもう700年も経ちましたか。
それは怪しいと思われても当然ですが、私は化け物ではありません。
穆王様からいただいたこの枕を見てください。」
勅使「確かにこの枕は穆王様の物だ。にしても、あなたは700年も生きるわけがない。どう考えても化け物だ!」
少年「昔、私が過ちを起こして、この山に流される刑を受けました。
穆王様が私に“私の形見としてこの枕を受けなさい”と言い、
枕に二句の偈(経典の言葉)を書かれました。忘れないように毎日この偈を菊の葉に写し、
菊の葉に結ぶ露がなんと酒になり、それを飲んで今に至る。」
これを説明しながら、何百年ぶりのゲストに喜び、少年が勅使達に菊水(酒)を振舞い始めます。まさか自分が700年も生きていたとはと喜んで、少年は舞って歌って、今の王様の長寿を祈って、菊の花をこえて小屋に静かに戻りました。
これで能「菊慈童」が終わりました。比較的短い話ですが、何百年も前に作られた曲と思わないぐらいSF・タイムスリップのエッセンスが魅力的な話だと思います。この能のおかげで「菊慈童」の知名度が宮中の外にも広がったと考えられます。
続きまして、室町時代後期、千利休の師匠である武野紹鴎(たけのじょうおう)が勉強のため上洛し、「菊水の井」という名水を好んで、近くに邸宅を建てたらしい。井戸の名前の由来も当然神話「菊慈童」から。井戸と同じ町内は応仁の乱から祇園祭に「菊水鉾(きくすいほこ)」を出し、今も町名は「菊水鉾町」になってます。京都市民だけではなく、茶人の間にも「菊慈童」が広まりました。
時代が江戸、そして明治時代に変わりました。各地の上菓子屋が献上菓子メインから一般市民にもお菓子を提供し始めます(主にお茶会用)。マーケットが広がった上、新しい材料と製法を手に入れた和菓子職人達は色彩豊かなお菓子を次々と開発します。そして「重陽の節句」のお菓子として生まれたのが、菊の花に真綿をかぶせる風習を参考にした「着せ綿」になります。
同時代に生まれた「花びら餅」と「水無月」とは以下の共通点があります:
① 特定の季節に結んで作られた「重陽の節句・お正月・水無月の祓」
② 昔の宮中の行事をオマージュして作られた「菊に真綿・歯固めの儀式・氷室の節句」
知名度で言うと、裏千家初釜のお菓子に選ばれた「花びら餅」は全国的に知られる一方、「着せ綿」と「水無月」はまだ関西中心になります。
以上、不老不死の少年「菊慈童」からお菓子の「着せ綿」の話でした。
菊の花に真綿をかぶせる風習自体はあまり見かけなくなりますが(ほぼゼロ?)別の形で今に伝わるお菓子の「着せ綿」、まさに時代を超えた食べられる文化遺産。皆様もぜひ9月9日に長寿を祈りながら食べてみてください。